東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2128号 判決
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〔判決理由〕一、申請人ら主張のとおり、申請人横田は係長として、その余の申請人らはいずれも工員として会社に勤務していたところ、会社が昭和三七年三月一五日各申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
二、申請人らは右解雇の意思表示はいずれも無効であると主張するので検討することとし、まず、不当労働行為の主張について考える。
1 申請人らがいずれも第一組合の組合員であつたこと、申請人らがその主張のような組合役員歴を有すること、第一組合が昭和三四年四月一日から賃上げ要求で一七六日間にわたる長期ストライキを行い、昭和三五年に春季賃上げ要求斗争および年末一時金要求斗争を行つたことは、いずれも当事者間に争いがなく、横田本人尋問の結果によれば、第一組合は右のほか昭和三四年末にも年末一時金要求斗争を行つたこと、また、申請人らは他の組合役員とともにこれらの斗争を指導したほか、組合幹部または組合員として昭和三六年三月横田、菅野および森らが役員を辞任する頃まで終始、活発な組合活動を行つていたことが認められる。
2 昭和三四年の長期ストライキの過程において第一組合が分裂して第二組合が結成されたこと、昭和三六年三月第一組合役員の改選が行われた結果、従来組合三役の地位を占めていた申請人横田、菅野、森に代り、新役員はすべて申請人ら以外の者によつて占められたこと、その後両組合間に組合一本化の話合いが行われた結果昭和三六年六月二四日両組合はそれぞれ上部団体を脱退して解散し、新組合が結成されて申請人らもその組合員となつたことは、当事者間に争いがない。
3 ところで、会社は本件解雇の理由として、申請人らはかねて会社内で頻繁に会合し、反会社的行動を企図して協議を重ねていたところ、昭和三六年一一月下旬頃二回にわたり小料理店「梢」の二階において、自己の担当業務を通じて生産阻害行為を行うべき旨申合わせ、右共同謀議に基づいてこれを実行し、故意に会社に損害を与えたものであると主張するので、まず、会社が生産阻害行為に該当すると主張する事実につき、これを各申請人ごとに検討する。
(一) <証拠>によれば、申請人横田には会社主張のような検図不良のミスがあつた事実(第四、三、1(一)ないし(四))が一応認められる。
(二) <証拠>によれば、申請人菅野は昭和三六年一二月七日会社主張のように部品加工をするに当つて職制の指示に従わなかつた事実(前同2)が一応認められる。
(三) <証拠>によれば、申請人田中には会社主張のような作業遅延の行為があつた事実(前同3(一)ないし(六))が一応認められる。
(四) 申請人遠藤が昭和三六年一二月一二日会社主張の作業において孔明けを不良に行つたこと(前同4)、申請人森が昭和三六年一一月二五日会社主張のように内輪の端を損壊したこと(前同5)は、いずれも当事者間に争いがない。
4 次に会社が共同謀議と主張する事実の存否について検討する。
(一) 証人(省略)らの供述によれば、新組合が結成された頃から、申請人らおよび第一組合前役員であつた我妻貞夫、落合春雄ら約一〇名位の者は、新組合幹部と会社とは意を通じて自分らを疎外しようとしていると考えて警戒の念を強め、互いに一層結束を固くし、会社主張の場所等において相当頻繁に二、三名ずつ集つては、何らかの話合いをしていた事実が認められる。しかし、その話合いの内容が会社主張のような反会社的行動に出るための情勢分析や下打合わせであつたことについては、その趣旨にそう宇沢証人の供述および同人作成の乙第二二、第二三号証の記載があるけれども、後記の理由によつてにわかに措信し難く、他にその具体的内容を確認できるような疎明は存在しない。
(二) 次に小料理店「梢」における共同謀議の点について考えるに、前記宇沢証人は、申請人らおよび宇沢武雄、落合春雄、斉藤善照の八名が、昭和三六年一一月二〇日頃と二五日頃の二回にわたり、「梢」の二階に集まり、各自の担当業務においてなんらかの作業上のミスを作為することにより、会社に対して生産阻害行為を行うべきことを申合わせた旨供述し、右生産阻害の目的はこれを実行することによつて会社および新組合の申請人らに対する出方を見るにあつた趣旨のことを述べており、前出乙第二二、第二三号証にも同旨の記載がなされている。しかし、右宇沢の証言内容および書証の記載は、次のような理由から、容易に信用することができない。
(イ) 宇沢証人の供述によるも、昭和三三年警職法改正反対斗争当時のことは別として、宇沢が従前とくに横田らに同調して活発な組合活動を行つた事跡が認められないのみならず、かえつて申請人横田本人尋問の結果によれば、昭和三六年春の賃上げ要求に関し、宇沢はむしろ会社側に同調して横田らの属する第一組合の要求は余りにも高額にすぎ、かような要求をもつて斗争に入られると会社はつぶれるといつた趣旨の宣伝を行い、また当時会社重役室にしばしば出入していたことが認められるから、宇沢が横田らの反感を買つていたであろうことは想像に難くなく、同人が前記横田らのグループの一員として共同謀議に参加したということは、極めて不自然である。
(ロ) 宇沢の証言には、生産阻害の目的についても、会社および組合の出方を見る以上の具体的な供述はなく、「出方」のいかんによつては申請人らが何を企図していたのか、すなわち右打診行為の終局目的が不明であるのみならず、また打診の方法としても前記のような生産阻害行為は幼稚かつ拙劣であるばかりでなく極めて危険なものである(単に会社や組合の出方を打診するためならば、グループの一人か二人が阻害行為を試みてみれば足り、多数が一斉に右行為に出ることは、かえつて共謀の意図を察知され、懲戒解雇等によるグループの壊滅を招く虞が大きい)と言わなければならない。前記横田本人の供述によれば、菅野を除く申請人らは前記長期ストライキの際、会社出張用の夜具を無断で倉庫から持出して使用したという理由で解雇された経験を有すること(右解雇が争議終了の際撤回されたことは争いがない)が認められ、当時申請人らが会社および新組合幹部に対し強い警戒の念を懐いていたことは前記のとおりであつて、申請人らがかつて組合の役職にあり、長年にわたる組合活動の経験者であることも考慮すれば、同人らが単に打診の方法としてかような非合目的的かつ不合理な手段に出るとは到底考えられない。
(ハ) 宇沢証言によれば、同人は申請人らと共謀の非を悟り、昭和三七年二月一二日頃に至つて右事実を告白暴露した書面(乙第二二、第二三号証)を会社社長あてに提出したというけれども、申請人ら反会社的グループの一員と称する同人がその頃突如として翻意転向するに至つた十分納得するに足りる疎明はない。
(ニ) 証人斉藤喜美子は、同人は「梢」の「マダム」であつて宇沢とは面識があり、しかも同家の二階は馴染みの客に限り使用させていたが、会社主張の日に申請人らが宇沢と来たことはない旨供述しており、また同証人の証言により成立の認められる甲第二七、第二八号証にも同趣旨の記載がある。
(ホ) <証拠>を総合すると、宇沢はしばしば大言壮語するところから同僚からは「宇沢ラツパ」と呼ばれ、かつて自分が関係していると称して一、二の会社の取締役あるいは監査役の肩書を付した自己名義の名刺を同僚らに交付したり、また胸にレーニンバツジをつけて申請人らに対し共産党員渡辺政之輔の石碑建立資金のカンパを呼びかけたり、共産党への入党を勧誘したこともあるなど、その言動に粉飾が多く、ハツタリ的性格の持主であることが窺われる。
以上の理由により共同謀議に関する宇沢の証言は信用できないが、なお、前出隅出証人のこの点に関する会社の主張にそう供述も、それが宇沢の陳述に基づくものであることが供述自体から明らかであるので、これまた採用に値しないし、乙第二五、第二八号証の記載も右会社主張の事実を認める資料とするに足りず、他にこれを認めるべき疎明はない。
もつとも、申請人らの行なつた前記認定の作業ミスが会社主張の期間内に多発していることは、一応共同謀議の存在を推認させる事実のようにも見えるが次に述べるような事情を考慮すれば、未だ右の一事をもつて、前記作業ミスが申請人らの故意によるものであり、従つて共同謀議に基づくものであると認定するに不十分である。
(イ) 前認定の作業ミスは、その態様および結果において、単なる過失に基づいても発生する程度の比較的軽微なものと認められる。もつとも、申請人菅野のした加工作業は、上司である栗本義男の指示に反しこれと異なる方法を用いたもので、この点につき故意が認められるけれども、右菅野本人の供述によれば、同人は機械工として多年の経験を有し、当該部品の加工方法として、同人が行つた方法と栗本が指示した方法との優劣は必ずしも断定し難いものと認められるから、その結果ミスを生じたとしても、ミス自体が故意に基づくものとは直ちに言えない。
(ロ) 前記隅出の証言によれば、昭和三六年六月検図係を新設して横田をこれに当てる以前においても、設計課において検図のミスが極めて多かつたこと、横田は設計の専門家ではなく、横田を解雇した後は検図係を廃止してしまつたことが認められ、横田の本件検図ミスについても、これを看過した関連従業員に対してなんら責任を追及した形跡はない。他方、右隅出の証言によると、昭和三六年七月頃から申請人らの動きが目立つたので、会社は同年一〇月から新たに業務報告の制度を設け、申請人らの職場において職制を通じ、とくに申請人らの作業状態に注目して監視を強化し出したことが認められる。以上の事実を彼此考え合わせると、従来会社では、検図ミスのみならず、本件程度の作業ミスは責任の所在が不明のまま、あるいは強く責任を問われないままに看過されていたふしが窺われ、被申請人主張の期間中にとくに申請人らの作業ミスが多発したように見えるのは、会社がとくに申請人らに注目して軽微な作業ミスまで厳格に摘発した結果によるものと考えられないことはない。
(ハ) 共同謀議に参加したと称せられる八名のうち、申請人らを除く三名については、作業ミスが行われた形跡がない。
(ニ) 共同謀議が行われたという一一月末から宇沢が会社に右事実を告白するまで約二ケ月半にわたるけれども、その間申請人らがいわゆる業務阻害行為実施による打診的効果等につき、検討したような形跡も認められない。
(三) 以上のとおりであるから、会社の主張する申請人らの共同謀議の事実は、これを認めるべき疎明はないことと帰する。
5 そこで、本件解雇の効力について考えるに、会社は、申請人らの、解雇理由は、共同謀議による業務阻害行為であると主張するが、右謀議の点については、十分な疎明がなく、他に格別の事情が認められない以上、申請人らの前認定の作業上のミス行為は、過失によるものと認めるのが相当であり、右行為についてなんらかの懲戒処分に値するとしても、申請人ら全員について各行為の軽重を問わずにひとしく懲戒解雇処分をもつてのぞむことは、ゆきすぎの感を免れない。
加うるに
(一) 前記のとおり長期ストライキの際菅野を除く申請人らが些細なことで解雇されたことがあること。
(二) 申請人横田本人尋問の結果によれば、
(イ)昭和三六年春の賃上要求に関し申請人らの第一組合が職場討議を行つている最中に会社重役室付の隅出英明が横田を呼んで組合があくまで上部団体たる全国金属の基本方針に従つて要求するのであれば、組合を壊滅させてやる、これは社長の意向であると申向けたこと、(ロ)第一組合の申請人らのいわゆる横田執行部はあくまで第二組合を自己の組合に吸収することによつて組合の一本化を図る考えであつたが、第二組合執行部は各組合はそれぞれ上部団体を脱退して新組合を結成する考えを有し、会社側もこれに同調しており、申請人らは会社側から余り好感を持たれていなかつたことが認められること、(ハ)申請人らがともに前記のとおりの組合歴を有し、かつ活発な組合活動を行つていたこと等を考慮すれば、本件解雇は、会社が申請人らの組合活動を嫌悪して同人らを企業外に排除する目的でなされたものであり、申請人らが謀議に基づき生産阻害行為を実行したというのは単なる口実にすぎないものと認めるのが相当であるから、本件解雇はいずれも労働組合法第七条第一号の不当労働行為として無効であると言わなければならない。
三、そこで仮処分の必要性について判断すると、申請人らに対する解雇は一応無効であるから、同人らと会社との間に依然雇用関係が存続するものと言うべく(ただし、横田については前記のとおりである)、弁論の全趣旨によれば同人らが会社から受ける賃金を唯一の生活の資としていたことは明らかで、他に収入を得ていることを認めるべき疎明はないから、申請人らは本案訴訟による救済を受けるまでの間雇用関係が存続しないものと取扱われることによつて生活に窮し回復し難い損害を被るおそれがあると言えるから、本件仮処分はその必要性がある。
しかして、解雇当時における申請人らの賃金関係がそれぞれ申請人ら主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
なお、横田に関する会社の主張事実中、同人の生年月日がその主張のとおりであること、就業規則にその主張のとおりの規定があることは当事者間に争いがない、横田は定年退職については退職者の特別の意思表示を要するものであるが、同人は退職の意思表示をしていないから従業員たる地位を失わない旨主張するが、就業規則上かように解すべき規定はなく、かつかような解釈をとることも相当でないと思料されるので、同人は前記のとおり一応従業員たる地位を有していたが、右は昭和三九年一〇月一日同人が満五五才に達すると同時に消滅したものといわなければならない。
四、よつて、横田を除くその余の申請人の申請はいずれも理由があるから認容し、横田の申請はそのうち右定年退職に至るまでの賃金相当額の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。(橘喬 吉田良正 高山晨)